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青森地方裁判所 平成4年(ワ)29号 判決

原告

甲野太郎

右訴訟代理人弁護士

浅石紘爾

石岡隆司

被告

旧商号日本原燃サービス株式会社

被告日本原燃産業株式会社承継人

日本原燃株式会社

右代表者代表取締役

野澤清志

被告

電気事業連合会

右代表者会長

那須翔

右被告両名訴訟代理人弁護士

貝出繁之

主文

一  被告らは、原告に対し、連帯して金一〇万円及びこれに対する平成四年二月一五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用はこれを一〇分し、その九を原告の負担とし、その余は被告らの負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  原告の請求

一  被告らは、原告に対し、別紙(一)記載のとおりの謝罪広告を、東奥日報及びデーリー東北の各朝刊一面、並びに朝日新聞、毎日新聞及び読売新聞の各全国版朝刊一面に、縦二段抜き横五センチメートルの大きさで各一回掲載せよ。

二  被告らは、原告に対し、別紙(二)記載のとおりの謝罪広告を、その発行にかかる月刊誌「ふかだっこ」の表紙表面全面に一回掲載せよ。

三  被告らは、原告に対し、連帯して金一〇〇万円及びこれに対する平成四年二月一五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(付帯請求起算日は、本訴状送達日の翌日である。)

第二  事案の概要

一  本件は、原告を撮影した写真が月刊誌に無断掲載されたことにつき、原告が名誉棄損及び肖像権侵害等を理由に、発行者である被告らに対し謝罪広告の掲載及び慰謝料の支払を求めた事案である。

二  争いのない事実

1  原告は、昭和四四年から昭和四八年まで六ケ所村の村長を勤め、村長時代から現在まで一貫して「むつ小川原巨大開発」に反対の立場をとり、昭和五九年ころ、青森県上北郡六ケ所村にいわゆる「核燃料サイクル施設」を立地建設するという計画が発表されてからは、これについても反対の立場をとり、反対運動に積極的に取り組んできた者である。

2  被告日本原燃株式会社(旧被告日本原燃サービス株式会社は平成四年七月一日、商号を被告日本原燃株式会社と変更し、同社は同年一〇月一日、旧被告日本原燃産業株式会社を吸収合併した。)は、青森県上北郡六ケ所村に建設されようとしている核燃料サイクル施設の事業者である(以下、旧被告日本原燃サービス株式会社、旧被告日本原燃産業株式会社を併せて単に「被告日本原燃株式会社」という。)。

被告電気事業連合会は、全国九電力会社の連合会であり、核燃料サイクル施設の建設推進母体の一つである。

3  被告らは、月刊誌「ふかだっこ」(以下「ふかだっこ」という。)を発行しており、これは六ケ所村内の全戸に配布されるほか、六ケ所げんねんPRセンターに備え置かれ、同センターを訪れる見学客に供され、関係会社、官公署等にも配布されている。

4  「ふかだっこ」第七二号(平成三年一〇月一日号)の表紙全面に、原告が尾馼沼でゴリ漁をしている際の写真(別紙(三)、以下「本件写真」という。)が、「今日はたくさん罠にかかったかな?」とのタイトルとともに原告に無断で掲載された。右ふかだっこ第七二号は、同月初めころ、村内全戸に配布された。

三  争点

本件の争点は、①本件写真が原告に無断で「ふかだっこ」に掲載され配布されたことは原告の肖像権ないし人格権を侵害するものであるか、また、原告の名誉を棄損するものであるか、②右掲載について被告らは不法行為責任を負うか、③不法行為である場合、原告の謝罪広告の掲載請求は相当か、また、被告らの金銭的賠償義務とその額は幾らか、の各点である。

四  争点に対する当事者の主張

1  原告

(一) 権利侵害の事実

(1) 「ふかだっこ」の目的、性格

「ふかだっこ」は、被告らが核燃料サイクル施設建設宣伝のために毎月一回発行している広報誌、PR誌である。

(2) 肖像権侵害

本件写真は、原告の承諾のないまま無断で撮影され、さらに「ふかだっこ」第七二号に無断掲載されたものであり、原告の肖像権を侵害するものである。

なお、被告らは、本件写真は風物詩的風景を撮影したものであると主張するが、本件写真自体から明らかなように、原告を写真の中央にすえたもので、風景の一部として原告が写っているものではない。本件写真からは、写っている人物が原告であることは一見して明らかである。

また、被告らは、本件写真の掲載配布による原告の精神的苦痛の程度は、社会生活上受忍すべき限度を越えるものではないと主張する。しかしながら、原告は、その意に反して自らの姿が大写しになった写真を表紙一面に掲載され、六ケ所村内全戸を始め各所に頒布されたもので、その写真の姿は第三者から見られることを予定していたものではない。他方、本件写真の掲載は被告らの表現行為にとって不可欠なものでは全くない。

したがって、本件写真の掲載、頒布による原告の精神的苦痛が社会生活上受忍限度内に止まるものとはいえない。

(3) 名誉棄損

原告は、一貫して核燃料サイクル施設の建設・立地に反対してきた者であるにもかかわらず、同施設推進のためのPR誌の表紙に本件写真が掲載され、「今日はたくさん罠にかかったかな?」というタイトルが付されている。これは、原告が同施設推進の立場に変更し、または推進側に加担したとの印象を読者に与え、また、右タイトルは、原告が推進派に転じながら、反対派を標榜して多くの人間を罠にかけているという意味合いにとられ、もしくは誤解を与えるものである。このような写真掲載が、右に述べた原告の一貫した姿勢、生き方に対する評価、すなわち原告の社会的客観的評価を損なうことは明白である。

したがって、本件写真の掲載自体原告の名誉を棄損するとともに、意味深長なタイトルと相まって、原告の名誉を激しく棄損したものである。

(4) 人格権(名誉感情)侵害

さらに、核燃料サイクル施設に反対し、そのことを外部に表明している原告のような人物の写真を本人の意思に反して「ふかだっこ」のような核燃料サイクル施設推進のための広報誌に掲載し、宣伝に利用することは、原告の人格権(名誉感情)を侵害するものである。

(二) 被告らの責任

原告が、前記のように一貫して巨大開発反対、核燃料サイクル施設反対の先頭に立ってきた人物であることは、六ケ所村内はもとより青森県内に顕著な事実であり、にもかかわらず、被告らが原告の写真を無断で自らのPR誌の表紙に掲載したことは、故意に原告の肖像権を侵害し、名誉を棄損しようとしたものである。仮に故意でなかったとしても、右のような原告の著名度に照らせば重大な過失があったというべきである。

なお、被告らは、民法七一六条により免責される旨主張するが、原告が問題にしているのは「ふかだっこ」第七二号の「発行」であり、これによる本件写真の掲載、頒布であって、これは被告らの行為である。

また、被告らは、「ふかだっこ」の発行者として、「ふかだっこ」を発行するに際して第三者の権利を侵害することのないように注意すべき義務を負っており、これは、その制作を他に委嘱・請負させた場合であっても同様である。にもかかわらず、被告らは株式会社東奥アド・センター(以下「東奥アド・センター」という。)に「ふかだっこ」の制作を委託したままこれを十分監督しなかった過失により「ふかだっこ」第七二号を発行し、原告の権利を侵害した。また、「ふかだっこ」発行についての被告側の責任者であった山崎正樹広報課長には、「ふかだっこ」第七二号の発行につき東奥アドセンターに対する指揮監督を怠った責任があり、右山崎課長の使用者であった被告らは使用者責任を負うべきである。

(三) その後の被告らの措置

(1) 「ふかだっこ」第七二号の回収

被告らの主張によっても、村内各戸に配布された「ふかだっこ」第七二号三二〇〇部のうち、回収されたのは半数にも満たない一四三八部に過ぎず、半分以上の一七六二部は未回収として残っている。

また、六ケ所げんねんPRセンターに備え置いた「ふかだっこ」第七二号についても相当程度の部数が広く頒布されたまま回収されずに残っている。

(2) 被告らの謝罪

発行者による文書での謝罪は結局なされなかった。

また、被告らは、「お詫文」(別誌(四))をもって「ふかだっこ」紙上における謝罪文の公表に代えたと主張するが、これは、謝罪文を「ふかだっこ」本文中に掲載せずにあえて別紙にして「ふかだっこ」第七三号に差し込んだというもので、これでは全部のふかだっこに差し込まれたものかどうか確認できず、一部にのみ差し込むことを可能にするため、あえてこのような方法をとったものと思われる。また、このような方法では、将来的に「お詫文」は散逸してしまう。

(3) 以上のように、被告らの措置は極めて不十分なものである。

(四) 結論

以上の次第であるから、原告の名誉回復のためには、「ふかだっこ」及び「原告の請求」第一項記載の各新聞に謝罪広告を掲載させることが不可欠であり、また、原告の精神的苦痛を慰謝するためには少なくとも金一〇〇万円の慰謝料の支払いが必要である。

2  被告らの主張

(一) ふかだっこの目的、性格

「ふかだっこ」は、被告日本原燃株式会社が、六ケ所村民の一員として、村民の仲間入りをさせてもらうために、六ケ所村民との絆を深める一助として昭和六〇年一一月以降毎月一回編集発行している発行部数四〇〇〇部、A三版一色刷り四ページの無料で村内全戸に配布している限定版のミニコミ誌であって、原告のいう核燃料サイクル施設建設宣伝のための広報誌とはその目的、性格を全く異にするものである。

(二) 権利侵害の事実の不存在またはその回復

本件写真の撮影、掲載により、原告の品性、徳行、名声、信用等の人格的価値に対する社会的評価が低下し、原告の社会的名誉、社会的信頼を侵害する結果が生じたとすることは、明らかに社会通念、経験則に違反するものであって、被告らは、原告の名誉権を侵害していない。

したがって、原告の謝罪広告掲載請求は、名誉棄損事実が存在しない以上、理由がないものであるが、仮に何らかの名誉棄損事実が存在するとしても、以下の(1)ないし(3)の各事実からすると、衡平の原則の法理に照らし、被告らには原告の請求にかかる謝罪広告をなすべき義務はない。

また、名誉棄損及び肖像権侵害に基づく損害賠償請求についても同様に認められるべきではない。

(1) 右に述べた「ふかだっこ」の目的、性格、後述する「ふかだっこ」発行の責任分担、本件写真は屋外において風物詩的風景を撮影したものであること、被写体が原告であることは「ふかだっこ」制作スタッフや被告らにおいても分からず、タイトルも他意のあるものではないこと、その他本件「ふかだっこ」第七二号発行の経緯に照らすと、被告らの行為の違法性は極めて低く、これによって原告が被るべき損害は社会通念上、受忍の限度内に止まるものである。

(2) 被告らによる原告に対する陳謝及び「ふかだっこ」第七三号に差し挟んだお詫文の配布等によって原告の被った損害は既に填補されている。

(3) 「ふかだっこ」は発行部数四〇〇〇部という限定版であり、しかもそれは事実上完全に回収されており、問題のネガフィルム及び「ふかだっこ」第七二号の版下原版は原告に交付譲渡され、今後において原告の写真及びそれに関するタイトルが他人の目に触れることはない。

(三) 被告らの責任

「ふかだっこ」の発行者は被告らであるが、発行者としての事務は、旧被告日本原燃サービス株式会社の六ケ所建設準備事務所(以下「六ケ所建設事務所」という。)の広報課(以下「広報課」という。)が全面的にこれを管掌してきている。そして、被告らは、「ふかだっこ」の編集、企画、取材、印刷、配布の仕事につき、昭和六〇年一一月の創刊号から、各年度ごとに、広告代理業者である東奥アドセンターとの間で請負契約を締結し、右東奥アドセンターをして、その責任において「ふかだっこ」の編集、企画、取材、印刷、配布の仕事を全面的に実施させている。

そして被告ら発行者は、右請負契約のもと、請負人である東奥アドセンターに全幅の信頼を置き、毎年度の右請負契約更新時に東奥アドセンターに「ふかだっこ」の目的、性格について念を押してその目的達成のための編集方針につき打合せをし、また、各月号につき、東奥アドセンターがファックスで送付してきたゲラ刷りの内容が「ふかだっこ」の趣旨、目的から逸脱していないか点検するのみであり、掲載されている写真につき被撮影者の承諾を得ているかどうかについてまでいちいち確認することはなかった。

このように、被告らは、「ふかだっこ」の編集、企画、取材、印刷、配布の仕事を全面的に東奥アドセンターに請け負わせていたものであるから、「ふかだっこ」第七二号の発行によって仮に原告の権利を侵害したとしても、民法七一六条により、注文または指図に故意または過失があった場合にのみ責任を負うことになるところ、本件において、このような故意または過失は認められない。

第三  証拠

本件記録中の証拠目録記載のとおりであるから、これを引用する。

第四  争点に対する判断

一  「ふかだっこ」の目的及び性格

1  証拠(甲一、乙二、六の1ないし95、七、証人苫米地一夫、同木村克憲、同山崎正樹)並びに弁論の全趣旨によれば、以下の各事実が認められる。

(一) 「ふかだっこ」は、核燃料サイクル施設の事業者である旧被告日本原燃サービス株式会社及び旧被告日本原燃産業株式会社並びに核燃料サイクル施設の建設推進母体の一つである電気事業連合会の三団体が昭和六〇年一一月から発行している発行部数四〇〇〇部、A三版一色刷り四ページの月刊誌であり、うち三二〇〇部は六ケ所村内各戸に無料配布され、五〇〇部は六ケ所げんねんPRセンターに、二五〇部は六ケ所村役場に、五〇部は東北電力株式会社青森支店にそれぞれ備え置かれ、来訪する見学客等に供されていた。また、青森県立図書館、青森教育会館にも、その要請に基づき各三部が送付されていた。なお、発行者は、平成五年四月一日付発行の「ふかだっこ」第九〇号から被告日本原燃株式会社のみとなった。

(二) 「ふかだっこ」には、六ケ所村内での出来事、特に明るい話題、六ケ所村の人物紹介記事などが主として掲載され、また、表紙(一ページ)には、六ケ所村内の風景、風物詩、人物などの写真が一面に掲載されるのが通常であった。

他方、核燃料サイクル、放射線、さらには被告日本原燃株式会社が六ケ所村に建設しようとしている核燃料サイクル施設の説明などについても、「原子燃料サイクルのはなし」(第一ないし第二六号)、「原子燃料サイクルQ&A」(第二七ないし第二九号、第九〇号、第九一号)、「くらしと放射線」(第三〇ないし第五二号)、「六ケ所の再処理工場ってどんなもの」(第三六ないし第四五号)、「わたしたちと放射線」(第四七ないし第五五号)、「暮らしを支えるエネルギー」(第五六ないし第七四号)、「放射線の利用」(第七五ないし第八九号)等の各タイトルで連載ものとして三分の一ページ位のスペースをさいて掲載されていた。

(三) 六ケ所村核燃料サイクル施設は、昭和五九年ころにその建設計画が発表され、その後、四つの施設が建設され、あるいは建設中であるが、これについては六ケ所村内、青森県内においても反対するものが相当数存在し、反対運動なども活発に行われ、六ケ所村村長選挙等の地方選挙においても、核燃料サイクル施設が重要な争点となってきた。

右のとおり認められる。

2  以上の事実に照らすと、「ふかだっこ」は、核燃料サイクル施設の宣伝、PRを直接の目的とした広報誌ではなく、地域の話題などを中心的に掲載した地域情報誌(ミニコミ誌)ではあるが、核燃料サイクル施設の事業母体である被告らが、六ケ所村民に受け入れられ、そのイメージアップを図ることによって、最終的には核燃料サイクル施設の建設、操業を円滑に行うことを目的として発行されたPR的性格をも有する地域情報誌であると認めるのが相当である。

二  「ふかだっこ」の制作過程、本件写真掲載に至る経緯、その後の被告らの措置

1  証拠(甲一、二の1ないし3、九ないし一一、乙一ないし三、五、六の1ないし95、七、証人苫米地一夫、同木村克憲、同山崎正樹、原告本人)並びに弁論の全趣旨によれば、以下の各事実が認められる。

(一) 「ふかだっこ」の制作過程

被告らは、昭和六〇年一一月の「ふかだっこ」創刊にあたって、広告代理業を目的とする株式会社でありこのような情報誌作成については専門家である東奥アドセンターに対し、「六ケ所村内に配布する地域コミュニケーションの情報誌を作りたい、内容は村内の明るい話題、読んだ人が楽しめるようなものを企画してほしい。」などと「ふかだっこ」発行の趣旨、目的を説明し、以後「ふかだっこ」について、その企画、取材、編集、印刷、配布等を全面的に東奥アドセンターに委託してきた。そして、東奥アドセンターはこのような被告らの意向に沿った内容の情報誌「ふかだっこ」を制作、配布してきた。なお、「ふかだっこ」発行についての事務は、広報課が担当していた。

「ふかだっこ」の発行については、年に一回、年度末の三月ころに広報課と東奥アドセンターとの間で、右に述べた「ふかだっこ」発行の趣旨、目的、発行部数等の確認の打合せが行われた外、東奥アドセンターの担当者が被告日本原燃株式会社の青森もしくは六ケ所所在の事務所を訪れて、非公式の打合せが随時なされた。また、東奥アドセンターは、「ふかだっこ」の各号の版下ができた時点でこれをファックスで広報課に送付し、広報課ではその内容が「ふかだっこ」の趣旨、目的から逸脱していないかをその都度確認し、了解を与えることとしていたが、東奥アドセンターとしては、広報課の了解を得てから「ふかだっこ」の印刷に着手するというものではなく、広報課に版下を送付するのと同時進行的に広報課の了解が得られることを見こして印刷に着手するのが通常であった。なお、「ふかだっこ」創刊以来本件写真の掲載された第七二号の発行まで、送付された版下の内容について、広報課から東奥アドセンターに対して注文や修正要求等がなされたことはほとんどなかった。

広報課は、「ふかだっこ」創刊にあたってその趣旨、目的等を説明し、年一回の打合せの際に同様の事項の確認を行う以外には、東奥アドセンターに対し「ふかだっこ」制作について具体的な指示、注意を直接与えたようなことはほとんどなく、人物写真の掲載についてもその人物の承諾を得るように指導したこともなかった。

(二) 「ふかだっこ」第七二号に原告の本件写真が掲載されるに至る経緯

東奥アドセンターは創刊当時から「ふかだっこ」に掲載される記事取材や写真撮影をフリーのカメラマンである苫米地一夫(以下「カメラマン苫米地」という。)に委託しており、「ふかだっこ」第七二号に掲載する記事、写真についても同様に同人に委託していた。

カメラマン苫米地は、平成三年九月一一日ころ、「ふかだっこ」の表紙に使用すべき写真の撮影取材のために六ケ所村に赴き、尾駮港付近でサーフィンをしている人々を認めて、その写真を数枚撮影した。その後、午後一時から二時ころ、尾駿沼で一人の漁師(原告)が漁をしているのを認めた。カメラマン苫米地は、時期的にみてゴリ漁をしているものと思い、風物詩として絵になるのではないかと考えて、その様子を約二〇メートル離れた道路上から三枚撮影した。写真を撮影した後、カメラマン苫米地は、確認のために原告に対して何をとっているのか尋ねたが、原告はゴリ漁をしている旨答えた。

なお、カメラマン苫米地は、人物を中心にした写真の場合には写真撮影及び「ふかだっこ」への掲載について承諾を得ることとしていたが、風物詩的な風景の中に人物が写るというような場合には撮影される人物の了解をとる必要はないと考えていた。そして、本件写真撮影の場合については、風物詩的なものの撮影と判断し、右撮影及び撮影した写真を「ふかだっこ」に掲載することにつき原告の承諾を得ることはしなかった。

カメラマン苫米地は、同月一四日ころ、原告を撮影した写真のうちの構図的によいと考えた一枚(別紙(三)のとおり「ふかだっこ」第七二号の表紙に掲載されたもの)を東奥アドセンターに提出した。

カメラマン苫米地から写真を受け取った東奥アドセンターでは、同社のデザイナーが右写真を表紙のサイズ等に合うようにトリーミングした上で、「今日はたくさん罠にかかったかな?」とのタイトルを付して「ふかだっこ」第七二号の表紙に掲載した。そして、同号の版下は同月二四日ころに広報課に送付されたが、同月二六日、広報課では修正箇所はない旨東奥アドセンターに回答し、同号の版下はそのまま印刷され、同年一〇月上旬に六ケ所村内の各戸に配布され、また、前記のとおり六ケ所げんねんPRセンター等に備え置かれた。

なお、カメラマン苫米地、「ふかだっこ」第七二号を制作した東奥アドセンターのスタッフ、さらには同号の版下をチェックした広報課において、表紙の写真の人物が原告であることは分からなかった(なお、原告は、被告らが故意に原告の肖像権を侵害し、名誉を棄損しようとした旨主張するが、核燃料サイクル施設の建設、操業を円滑に行おうとしている被告らの立場及び後述する被告らのその後の対応に照らすと、故意に原告の肖像権等を侵害したとの事実は、本件全証拠をもってしても認めることはできない。)。

(三) その後の被告らの措置

同年一〇月四日ころ、六ケ所建設準備室の六ケ所村出身の職員が、「ふかだっこ」第七二号の表紙の写真に写っている人物を見て原告に似ていると言ったことから、広報課では、原告をよく知っている六ケ所げんねんPRセンター副館長に確認したところ、原告であることが判明した。広報課では、写真撮影及び「ふかだっこ」掲載について原告の承諾をとっているのか否か東奥アドセンターに確認したところ、原告の承諾は受けていないことが分かった。

このため、一〇月八日、東奥アドセンターの木村克憲営業部長(以下「木村部長」という。)、沢田主任、カメラマン苫米地が原告宅に謝罪に赴いたが、原告は留守だった。翌九日、沢田主任が原告に電話で謝罪したところ、原告から特段の抗議はなかった。右報告を受けた広報課では、この時点では特に大きなトラブルにはならないものと判断した。

その後、一〇月二三日になって、原告は約一五名の支援者と共に六ケ所建設事務所を訪れ、木村部長に対して、原告の写真を無断掲載したことを抗議し、別紙(五)の抗議文を突き付けるとともに、原告が写った写真のネガの返却、「ふかだっこ」第七二号の原版の引渡、「ふかだっこ」第七二号の回収、原告への謝罪及び謝罪事実を青森県民、六ケ所村民へ周知させることを要求した。原告の右要求に対し、広報課では、東奥アドセンターとも協議の上、原告が撮影された写真のネガ及び「ふかだっこ」第七二号の原版を原告に引き渡し、また、六ケ所村内の各戸を回って「ふかだっこ」第七二号の回収を行い、その結果、各戸配布したものについては一四三六部を回収した。さらに、「ふかだっこ」第七三号に別紙(四)のお詫文(A四版)を挟み込んで六ケ所村内各戸に配布した。他方、現地の最高責任者である六ケ所建設事務所長らは、その後、数度にわたって原告宅を訪問し、原告に対して経過の説明及び謝罪を行った。

以上のとおり認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

三  以上を前提に、原告の肖像権等侵害、名誉棄損の主張の当否について判断する。

1  原告に対する権利侵害の存否

(一) 肖像権侵害及び名誉感情の侵害

原告に無断で撮影された「ふかだっこ」第七二号に掲載された本件写真(甲一、乙六の76、別紙(三)参照)は、原告がゴリ漁をしているところを撮影したものであって風景写真と言えなくもないが、原告がかなり大きく写っており、横顔とはいえ原告をよく知っている者が見れば被写体が原告であることが容易に判断できるものと認められる。したがってこのような写真の無断撮影、掲載は原告の肖像権を侵害するものと認めるのが相当である。

また、「ふかだっこ」は、前記のとおり、六ケ所村内、青森県内においても相当数の反対者が存在し、反対運動も活発に行われている中で、核燃料サイクル施設の事業者が右事業を円滑に進めることを目的として発行している地域情報誌であること、他方、原告は六ケ所村のもと村長であり、核燃料サイクル施設に反対の立場をとって積極的に反対運動に取り組んでいる者であることからすると、原告を撮影した写真を「ふかだっこ」の表紙に掲載したことは原告の名誉感情を侵害したものと認められる。

そして、右のような事情並びに被告らには本件写真を是が非でも表紙に掲載しなければならない格別の必要性があったとは言えなかったこと(弁論の全趣旨)に照らすと、本件写真が屋外、それも公の場所ともいうべき漁場で撮影されたものであることを充分考慮してもなお、右侵害は受忍限度内に止まるものとは認められない。

(二) 名誉棄損

民法七二三条にいう名誉とは、人がその品性、徳行、名声、信用等の人格的価値について社会から受ける客観的な評価、すなわち社会的名誉を指すものであって、人が自己自身の人格的価値について有する主観的な評価、すなわち名誉感情は含まれないものと解される。

ところで、本件では、核燃料サイクル施設に反対の立場をとっている原告の写真(本件写真)が核燃料サイクル施設の事業者らが発行するPR的性格を有する地域情報誌の表紙に掲載され、「今日はたくさん罠にかかったかな?」とのタイトルが付されたものであるが、本件写真はいわゆる肖像写真そのものではなく、単に原告がゴリ漁をしているところを撮影した写真に過ぎないものであり、原告を知っている者が、右写真を見て写っているのが原告であると分かったとしても、原告が核燃料サイクル施設の推進派に転向したとか、あるいはタイトルを見て反対派を欺いてきたとかの印象を受けるなどということはほとんど考えられない。したがって、本件写真の掲載によって直ちに原告の社会的評価が損なわれるとは考え難く、仮に、原告の社会的評価が損なわれたとしても、その程度は極めて軽微なものであると認められる。

よって、本件では、原告の名誉が棄損されたとの事実は存在しないか、たとえ存在してもその程度は極めて軽微なものと認めるのが相当である。

2  被告らの責任

前記認定のとおり、被告らは、「ふかだっこ」の制作を東奥アドセンターに全面的に委託していたものであり、これは一種の請負契約と認められ、したがって、注文または指図について被告らに過失があった場合に、被告らは不法行為責任を負うこととなる。

ところで、前記認定のとおり、六ケ所村内には核燃料サイクル施設に反対する者も相当数存在し、反対運動も活発に行われてきたこと、「ふかだっこ」は、核燃料サイクル施設の事業者が右事業を円滑に行う目的で発行しているPR的性格を有する地域情報誌であることが認められ、右各事実からすると、右事業に反対する者が自己の写真を「ふかだっこ」に掲載されることを好まず、もしその意に反してそのような写真を掲載すればその者に不快感を与え、人格権を侵害する結果となることは事前に充分予測し得たものと認められる。

したがって、被告らが「ふかだっこ」の制作等を東奥アドセンターに請け負わせる場合においては、東奥アドセンターがこのような情報誌制作の専門家であることを考慮しても、東奥アドセンターに対し、六ケ所村内には核燃料サイクル施設に反対する者や反対運動を活発に行っている者が相当数存在し、被告らがなす広報活動についても快く思わない者が相当数存在すると推測されること、そのような核燃料サイクル施設の反対者の意に反し写真撮影してその者の写真を「ふかだっこ」に掲載することのないように厳しく指示すべき注意義務があったものと認めるのが相当である。

ところが、本件当時、被告らは、東奥アドセンターに対しこのような指示、注意を全く行っていなかったのであるから、注文または指図に過失があったことは明らかであり、原告の権利が侵害されたことについて不法行為責任を負うべきである(本件発生後、被告らは、東奥アドセンターに対して、「今後はより以上の注意を払うように」との指導をしたが〔証人木村克憲〕、やや遅きに失した感がある。)。

3  原告の請求の当否

(一) 謝罪広告掲載請求

前記認定のとおり、本件では仮に原告の名誉が棄損されたとしても、その程度は極めて軽微なものである。さらに、本件においては、被告らは故意に原告の名誉を棄損しようとしたものではないこと、「ふかだっこ」は発行部数わずか四〇〇〇部の地域情報誌に過ぎないこと、東奥アドセンターは、被告らの意を受けて六ケ所村内の各戸を回り、配布された「ふかだっこ」第七二号の半数近くを回収したこと、被告らは「ふかだっこ」第七三号に別紙(四)の「お詫文」を挟み込み、六ケ所村内の各戸に配布したこと、原告が撮影された写真のネガ及び「ふかだっこ」第七二号の原版は原告に引き渡されていること、現地の最高責任者である六ケ所建設事務所長らは、数度にわたって原告宅を訪問し、原告に対して経過の説明、謝罪を行っていること、以上の各事実が認められるのである。

以上の各事実に後述のとおり原告の損害賠償請求が一部認容されることも併せ考慮すると、原告の名誉回復のために、被告らに対して謝罪広告の掲載を命ずるまでの必要がないことが明らかである。

したがって、原告の謝罪広告掲載請求は理由がない。

(二) 損害賠償請求

前記認定のとおり、肖像権侵害及び名誉感情を損なわれたことによって原告に生じた損害は受忍限度内に止まるものではなく、右(一)で述べた被告らによる損害回復の各措置によっても完全に損害が填補されたものとは認め難い。そして、すでに認定説示したところその他本件に顕れた一切の事情を総合して斟酌すると、原告に生じた精神的損害を慰謝するための金額としては、金一〇万円が相当である。

第五  以上の次第で、原告の本訴請求は、主文第一項掲記の範囲内で理由があり、その余は理由がない。

(裁判長裁判官片野悟好 裁判官成川洋司 裁判官柴山智)

別紙〈省略〉

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